子離れ

子離れ

25歳の長女を嫁ぎに出した。式と披露宴は凄く練習された演劇のように進行した。私はお世辞にも似合わないモーニングを着て、新婦の父を演じているみたいだった。長女からブーケを胸に付けて貰うクライマックスの場面では、自分でも意外なほど冷静だった。妻と次女と帰路についたころから、思い出が走馬灯のように脳裏を巡った。いつの間にこんな日を迎えるようになったんだろう

長女は大学4年の時に授かった。当然、お金も育児の知識も経験もない。私がする育児はお風呂に一緒に入るくらい。シャンプーハットを被った長女に「雨ふりま~す」と言って洗髪したことは良く覚えている。8歳のころX’masイブの夜は枕元に、サンタさんへのお手紙とお菓子を用意していた。中学3年になった頃から反抗期に入って妻と衝突することが増えた。それを観て怒鳴ったこともある

いま思い起こすと、どれだけ幸せで充実した日々だったか、もっと一緒の時間を作っておけば良かったと悔やむ。仕事にかこつけて子育ては妻に頼りっきりだった。その苦労の10分の1も解っていなかったと思う

嫁ぎに出した10日後の11月28日朝日新聞朝刊道内面に「札幌の朝 街を覆う2重の虹」の記事があった。記事にある2重の虹の写真は、嫁いだ長女への祝福と苦労を掛けた妻への労いだと勝手に解釈した。祝福も労いも2倍になった。その記事を新郎に送った。娘を幸せにしてやって下さいと添えて。これにて演劇は幕を下ろした。

朝日新聞札幌中央販売(株)
取締役営業本部長 吉井 仁