今年も残すところ1カ月余り。2019年は皆さんにとってどんな年だったろうか。記者にとっての19年は、輝きを放った競馬のスターホースが数多く旅立った感慨深い1年であった。
3月に00年高松宮記念優勝馬のキングヘイロー(牡24)が老衰のため死去。4月には牝馬として64年ぶり史上3頭目の日本ダービー制覇(07年)を果たすなど、GⅠ7勝を挙げたウオッカ(牝15)が蹄葉炎で早すぎるお別れとなった。同じく4月には重賞9勝(GⅠ2勝)を挙げ「女傑」といわれたヒシアマゾン(牝28)も老衰で亡くなった。
そして7月、ディープインパクトの死は世界にも衝撃を与えた。同馬は05年史上2頭目の無敗の三冠馬に輝くと、現役時代14戦12勝(うちGⅠ7勝)と圧倒的な強さを誇った。その1完歩の大きさに、〝空飛ぶ末脚〟とファンの心をわしづかみにした。
その怪物ぶりがさらに高まったのが種牡馬になってから。ディープ産駒のJRA重賞211勝、GⅠ勝利数は実に51勝(共に11月24日現在)と、偉大な父サンデーサイレンスの後継種牡馬として君臨していた。頸椎(けいつい)骨折のため17歳での旅立ちは残念でならない。
ほかにも8月の04年日本ダービー馬キングカメハメハ(牡17)、11月には95年の年度代表馬でGⅠ4勝のマヤノトップガン(牡27)が天国へと旅立った。今でも元祖天才・田原成貴騎手との名コンビによる逃げ・差し自在のレースぶりが脳裏に浮かぶ。
馬の年齢を人間に換算すると、4を乗じた数といわれる。天寿を全うした馬もいるが、生き物である以上、避けることのできない思わぬ別れもある。
W杯ラグビーや野球のプレミア12など日本代表チームの激闘ぶりに日本中が「感動」に包まれる19年であったが、この世を去った名馬たちの記録と記憶に残る名シーンもいつまでも色あせることはない。∧日刊スポーツ販売部長 長内 準∨

ラグビーとサッカー、「競技柄」の違い

ラグビーとサッカー、「競技柄」の違い

44日間にわたって列島を沸かせたラグビーのワールドカップ(W杯)日本大会が幕を閉じた。準優勝したイングランドは9月22日の札幌ドームでの初戦でトンガに快勝し、弾みをつけて決勝まで駆け上がった。

私が前回、札幌に勤務していた2002年、札幌ドームはサッカーW杯日韓大会の会場だった。当時、人気絶頂のデビッド・ベッカム選手を擁するイングランドが南米の強豪アルゼンチンと対戦している。

ラグビーも、サッカーも母国はイングランドだ。同じドームで戦うラグビーイングランド代表の姿を見ながら、私は以前取材したサッカーの18歳以下日本代表元監督・清雲栄純さんの話を思い出した。

清雲さんや作家林真理子さんの母校である山梨・日川高校はラグビーが「校技」だ。サッカー部の3年だった1969年、清雲さんは俊足を買われて大阪・花園ラグビー場での全国高校ラグビー大会に出場、初の8強進出に貢献した。その後、法政大から古河電工に入って2年目の74年、サッカー日本代表に選ばれ、イングランドへ短期留学する。サッカーとラグビーについて「本家」では、自虐的な表現ではあるが、こう言われていたという。

「野蛮人がする紳士のスポーツがサッカー。紳士がする野蛮なスポーツがラグビー」

02年のサッカーW杯の期間中、イングランドのサポーターが大挙して札幌に現れた。白地に赤い十字の「国旗」をデザインしたTシャツ姿のまま、何十人も大通公園で野宿をしていて肝をつぶした覚えがある。

今回も、イングランドをはじめ海外から大勢のラグビーファンが札幌を訪れた。野宿は目にしなかった半面、ファンが飲み干してススキノ界隈ではビールが一時品薄になったと聞いた。サッカーW杯のとき、こうした鯨飲は話題にならなかったように思う。

これも、お国柄ならぬ「競技柄」の違いだろうか。

朝日新聞北海道報道センター記者 田中啓介

あの日の夏

あの日の夏

高校野球南北海道大会決勝を観戦した。高校野球らしい熱い試合だった。選手の全力プレー、観客の声援、吹奏楽部による迫力のある応援は、あたかも1つの作品のようだ。

息をもつかせぬ激闘に鳥肌が立ちっぱなしだった。この熱狂に包まれたグラウンドに立っている選手たちが本当に羨ましかった。嫉妬するくらいに。私も元高校球児だからだと思う。

私の夏は、延長10回に3点を取られてそのままゲームセット。相手打者の打球が右中間を抜け、ランナーが次々とホームインする光景はスローモーションのようだった。打たれた後輩の投手が泣きながら私に何度も言った。「先輩すみませんでした。すみませんでした。」4年経過した今も鮮明に耳に残っている。
神様がなにか1つ叶えてくれるとしたら、迷わず“あの夏に戻りたい”と願う。2つ目が叶うとしても、やっぱり“あの夏に戻りたい”と願う。

高校野球は特別だ。「感動や勇気」「夢や希望」あらゆるものを与えてくれる。だから多くの人を魅了する。高校野球の素晴らしさを改めて気付かされた。球場を後にしながら決めた。これからも、あの夏に戻るために高校野球を愛し、どんな形でも関わっていくと。

 

 

ASA山鼻 朝刊配達アルバイト
北海学園大学法学部4年
秋山大地

どの試合にも夢がある。それが高校野球 VOL.3

どの試合にも夢がある。それが高校野球 VOL.3

7月21日(日)。真夏日のような暑さに屈することなく、彼らは球場の土を踏みしめて戦っていた。「彼ら」とは北照高校と国際情報高校の野球部員たちだ。両校は高校野球南北海道大会決勝にて甲子園を目指して全力で戦った。

1回表、早くも北照が3点を先制した。その後は2014年の小樽潮陵以来5年ぶりに公立校として決勝進出した、国際情報が奇跡的とも言える粘りで9回裏に追いついた。延長14回まで縺れ込んで、4対3にて北照が2年連続の南北海道大会代表の座を掴んだ。

選手たちの気迫、声をからして応援する生徒たち、観客席の盛り上がりに、その場の人々の「想い」を感じ取った。

甲子園を目指して研鑽を重ねた彼らは、どんな気持ちで戦ったのだろうか。試合終了のサイレンを聞いた瞬間に、厳しい練習の日々や応援してくれた親の顔が想い浮かぶのだろう。

この場に立つために、この日のために、高校生活の全てを賭けた彼らに、心より敬意を表したい。そして、素晴らしい感動をありがとう。見失ってはいけないものに気付かされたような気がする。

 

2019年8月3日(土)

朝日新聞札幌中央販売(株)

2018年度入社 山﨑 大

どの試合にも夢がある。それが高校野球 VOL,2

どの試合にも夢がある。それが高校野球 VOL,2

令和最初の高校野球南北海道大会決勝を観戦した。北照が札幌国際情に延長14回4-3で勝利し、全国2番乗りで甲子園出場の切符を獲得した。

 

太陽の陽射しが照りつけるグラウンドで、高校球児たちは全身全霊を懸けて白球を追った。その姿は喉の渇きを忘れるくらいに目が離せなかった。応援席からは両校の吹奏楽部と生徒が、激闘を繰り広げる球児たちを後押しする応援があった。地鳴りかと錯覚するくらい迫力ある音量と声量に圧倒された。

 

高校野球は球児、生徒や保護者、メディアや観客をも巻き込んで展開される一大エンターテイメントである理由を垣間見ることができた。少年も大学もプロも同じ野球という種目だが、高校だけは「高校野球」という別競技だなと感じだ。

 

第1回大会は1915年に10校の参加だった。太平洋戦争が始まった41年は地方大会のみ、42年から45年は中止となった。玉音放送からちょうど1年後の1946年8月15日に第28回大会が開幕した。そして令和元年は101回大会。高校野球はスポーツの枠を越えた日本の文化だと思う。

 

今後も仕事とプライベートの両面から、高校野球に関わっていきたい。初めての高校野球観戦だったが、すっかり魅了されてしまった。

 

2019年8月3日(土)

朝日新聞札幌中央販売(株)

2019年度新入社員 金澤光起