16年前に見た北海道と福井のつながり

16年前に見た北海道と福井のつながり

はじめまして。朝カフェ、初寄稿させていただきます。

最初ですので、個人的な北海道の原風景を書かせていただければと思います。

民謡「江差追分」で知られる北海道江差町――。16年前の福井総局員時代にこんな書き出しの記事を書きました。

朝日新聞福井県版での連載「北前船の贈り物 福井の“航跡”を訪ねて」です。

その取材では、確か、函館空港からレンタカーで江差町まで向かったと思います。運転中に熊を見かけ、「やっぱり北海道って普通にヒグマがいるんだなぁ」と思った記憶もあります。(もっとも転勤後、周囲からその考えは間違いだと、指摘されましたが…)

江差町では、笏谷石(しゃく・だに・いし)という石材を探して回りました。福井市の足羽山周辺で1999年まで採掘されていた、緑がかった火山礫凝灰岩で、かつて北前船のバラスト兼商品として、江差などに大量に運び込まれたそうです。家々の基礎などに使われたほか、姥神大神宮の拝殿前の敷石にも使われている、と江差町教育委員会の方に教えてもらいました。

その取材旅行の中で、江差町の越前町(えちぜんまち)も訪れました。厚沢部川河口近くで、江戸時代末に船に乗って越前(今の福井)からきた人々が移り住んだ土地だったそうです。

墓地にあったある墓碑銘はきわめて印象的でした。

「密林野獣ト闘イ」と刻まれており、1862(文久2)年5月、7戸の農家が「三蔵丸」という船でやってきたことを伝えるものでした。

「越前国丹生郡」出身の先祖から数えて4代目、当時89歳の男性にお会いし、お話をうかがいました。福井県は日中戦争時、兵士として広島に向かう途中、列車で通過した、と振り返えられました。

今年は敗戦から75年。今思えば、生々しい戦中体験を容易に聞ける最後の時期の取材旅行だったわけです。

朝日新聞北海道報道センター記者 松尾一郎

【写真説明】

笏谷石が敷き詰められている姥神大神宮の拝殿前=2004年、江差町、松尾一郎撮影