あの舟盛りがたべられない

あの舟盛りがたべられない

4月1日付で札幌に着任した入社3年目の記者です。前任地は岡山県で千キロを超える大移動でした。

着任してすぐ、新型コロナウイルスの影響で閉店を決めた飲食店を取材した。札幌・ススキノ交差点からほど近いビルにある居酒屋「てっちゃん」。道外からも多くの客が訪れる予約の取りにくい人気店だったが、4月10日に閉店。45年の歴史に幕を下ろした。

店主の阿部鉄男さん(71)は明るく気さくな方で、店の食器などを段ボールに詰めながら取材に応じてくれた。「国鉄の官舎で生まれたから鉄男。あだ名がそのまま店の名前だよ」。魚釣りが大好きで新鮮な魚を出す店を作りたいと店を開いた。「お客さんに楽しんでもらいたい」。その一心で営業日は毎日市場に行き、ミニバンの後部座席がいっぱいになるほどの魚を仕入れた。

魚はその日のうちに売り切る。店の名物は1500円の舟盛りで、季節の地魚からウニやホタテなど20種類近くの魚介を盛りつけた。舟盛りだけでは赤字だが、厨房からお客さんの驚く声を聞くのが楽しみだった。

しかし、新型コロナの影響で3月ごろからキャンセルの電話が相次ぎ、週末なのに2組しか予約が入っていない日もあった。薄利多売の営業スタイルは大打撃を受け、店の冷蔵庫は売れ残った魚でいっぱいになった。アルバイトの従業員と一緒に海鮮丼にして食べたが、「ショックで味がしなかった」。3月にいったん臨時休業して4月に再開する予定だったが、そのまま閉店を決めた。

店のツイッターには全国から惜しむ声が相次いだ。拓銀の破綻もリーマン・ショックも乗り切った。しかし、「コロナは終わりが見えなかった」。阿部さんは7月、長年の仕込みで痛めた手の手術を決めた。営業中は痛みをずっと我慢していたという。退院したら娘と一緒に料理を作って販売する計画を立てている。

朝日新聞北海道報道センター記者 榧場勇太

 

【写真説明】

店主の阿部鉄男さん